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1643年 寛永20年
オランダの探検船カストリクム号の日誌に十勝アイヌとの出会いが記録される。 |
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1644年 正保 1年
松前藩が幕府に日本総国図の資料地図を献上。この中に「とかち、えぞ有り」の記述がある。なお、この地図の調査は1635(寛永12)年に行われた。 |
寛文年間
このころすでに十勝が松前藩家老蠣崎藏人の知行所となり、広尾に根拠地が置かれる。 |
1669年 寛文 9年
シャクシャインの戦い。十勝アイヌも呼応し戦いに参加。 |
1721年 享保 6年
名古屋吉十郎の船が十勝に漂流し、十勝アイヌに助けられる。 |
1770年 明和 7年
十勝と沙流のアイヌが抗争。 |
1789年 寛政 1年
クナシリ・メナシの戦い。 |
1800年 寛政12年
当時、勇拂に移住していた八王子同心の皆川周太夫が、幕命により十勝川筋を調査。記録の中に十勝川筋のアイヌの居住状態を残す。 |
1808年 文化 5年
「戸勝場所大概書」に十勝場所内のアイヌの居住状況と場所における生活の様子が記録される。 |
1845年 弘化 2年
松浦武四郎、十勝の海岸沿いを通過。アイヌの居住状況を記録。 |
1856年 安政 3年
松浦武四郎、幕命を受け蝦夷地および樺太の調査を行う。この時、十勝の海岸沿いを通過し、おもに地名と十勝川内陸部の状況を記録に残す。 |
1856年 安政 3年
松浦武四郎、幕命を受け蝦夷地および樺太の調査を行う。この時、十勝の海岸沿いを通過し、おもに地名と十勝川内陸部の状況を記録に残す。 |
1858年 安政 5年
松浦武四郎、再び幕命を受け東蝦夷地の調査を行う。この時は十勝川筋を二度調査し、十勝アイヌの生活を比較的詳しく日記類に記録する。 |
1871年 明治 4年
戸籍法制定。その後アイヌは平民に編入される。 |
1874年 明治 7年
ライマン、音更川・十勝川筋を踏査。 |
1875年 明治 8年
十勝漁業組合が組織される。十勝漁場の経営を行う(明治13年解散)。 |
1876年 明治 9年
開拓使判官松本十郎、十勝川上流より大津に下り、十勝アイヌについて記録を残す。 |
1880年 明治13年
鮭苗保護のため十勝・大津川上流域の本支流がサケの禁漁区となる。御用会社である「広業商会」が十勝アイヌの生産物を委託販売する。 |
1885年 明治18年
伏古村伏古別に土人開墾事務所が開設される。十勝川と利別川沿いの12カ所に近郊のアイヌ集落を集め、営農指導がおこなわれる。 |
1890年 明治23年
A.S.ランドー十勝を訪れ、アイヌの様子を記録に残す。 |
1899年 明治32年
「北海道旧土人保護法」制定。 |
1904年 明治37年
アイヌ子弟の教育を目的とした庁立第二伏古尋常小学校開設。(大正8年、庁立日新尋常小学校と改称。昭和6年廃校) |
1906年 明治39年
アイヌ子弟の教育を目的とした庁立音更尋常小学校開設(昭和6年廃校)。同じく庁立芽室太尋常小学校開設(大正10年廃校)。 |
1911年 明治44年
幕別で「旧土人開墾組合」設立(大正9年解散)。 |
1923年 大正12年
保護法により給与された土地の管理・指導のため、「帯広町伏古相互組合」が設立される。この後、音更、芽室、池田、本別、士幌、幕別でも組合が設立される。 |
1925年 大正14年
日新会館開設(帯広)。 |
1927年 昭和 2年
十勝アイヌの文化・経済の指導及び向上を図るため、「十勝旭明社」が設立される。 |
1930年 昭和 5年
「北海道アイヌ協会」によって雑誌『蝦夷の光』が創刊される。 |
1946年 昭和21年
「社団法人 北海道アイヌ協会」設立。 |
1957年 昭和32年
このころ「十勝アイヌウポポ愛好会」が設立される。 |
1959年 昭和34年
吉田菊太郎(幕別町)が蝦夷文化考古館を開設。 |
1961年 昭和36年
(社)北海道アイヌ協会から(社)北海道ウタリ協会と名称を変更。 |
1964年 昭和39年
「十勝アイヌウポポ愛好会」を発展解消し「帯広カムイトウウポポ保存会」が設立される。 |
1976年 昭和51年
「北海道ウタリ協会十勝地区支部連合会」設立。 |
1984年 昭和59年
「帯広カムイトウウポポ保存会」国の重要無形民俗文化財に指定。「上士幌町ウタリ文化伝承保存会」設立。「マクウンベツアイヌ文化保存会」設立(幕別町)。ウタリ協会が「北海道旧土人保護法」にかわる「アイヌ民族に関する法律(案)」を提案。 |
1990年 平成 2年
アイヌ民族への支援ボランティア組織「とかちエテケカンパの会」発足。 |
1993年 平成 5年
国際先住民年。帯広でアイヌ語教室開講。帯広で「第5回アイヌ民族文化祭」開催。 |
1995年 平成 7年
帯広市が「帯広市ウタリ総合福祉推進計画」を策定。 |
1996年 平成 8年
「ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会」より答申が出て、アイヌ新法の方針ができあがる。 |
1997年 平成 9年
二風谷ダム訴訟で司法がアイヌ民族の先住性を認定。「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」が公布、施行される。同時に「北海道旧土人保護法」が廃止。 |
1998年 平成10年
帯広市生活館移転改築。 |
1999年 平成11年
帯広で「アイヌの四季と生活 〜絵師・平沢屏山と十勝アイヌ〜」展が開催。 |
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